「人との比較をしない教育」の延長線上に「おとなの世界」がある

dsc_1554

 

 

前回、こどもの教育において

人との比較をしないことが重要と書きました。

 

前回のブログはこちら

↓↓↓↓↓

「人との比較をしない」は努力しないことじゃない

 

 

 

実は、わたしはかねがね、疑問がありました。

 

 

素晴らしいと感じる教育も

その後、子どもたちが成長して

大人になってから生きる世界と矛盾してしまっては

精神的に矛盾が生じるのでは??

 

 

と。

 

 

未就学児、小学校までは

特殊な環境に子どもを置けても

中学校、高校、大学になるにつれ

特殊な環境は減っていく、と肌感覚で思っていました。

 

 

特殊な環境、というのは

教育理念が一貫した素晴らしい環境で子どもを育てられる環境

ということです。

 

 

「競争しない」

「人と比べない」

は、進学に伴い、または一般社会では通用しない、と思っていました。

 

 

どうしたって優劣が生じる。

 

 

 

でも、

「ありのままでいいよ」

はともすると、

「努力も何もしない、まんまでいいよ」

に誤解される。

 

 

「人を踏み台にしても一番になりなさい」

も何かがおかしい。

 

 

だから、「ひとりひとりの個性を育む幼児教育」と

「競争社会」「資本主義社会」の

矛盾と感じることを、わたしは棚上げしてきました。

 

 

 

それが、前回のエピソードで解消したのです。

わたしの中で。

解消、というより「つながった」

と表現する方が正しいです。

 

 

前回のブログはこちら

↓↓↓↓↓

「人との比較をしない」は努力しないことじゃない

 

 

img_8319

 

これは、コペルニクス的発想の転換!!

ぐらい私の中では大きかったのです。

 

 

こんなこと、と他の人は思うかもしれませんが

わたしにとっては大きい出来事でした。

 

 

子どもだけには、よい教育をさせても

それを支える大人が自分たちの生きかたや

自分たちが創りだす世界を

どう認識するかによって

子どもに与える教育を心の底から

「素晴らしい!! よかった!! しあわせだ!!」

と思えるかが変わってくると思うのです。

 

 

 

少なくとも、私はそう考えます。

 

 

 

 

自分が、所属する会社が努力するのは

サービスを向上させ売上があがるのは

他社(他者)と市場競争で勝ち抜くためではなく

 

自分の心に正直に

相手の喜ぶ顔が嬉しくて

喜びをたくさん降り注がせたいから。

 

 

 

人と比較して、よりよいサービスを展開しているように見えても

競業他者を研究し勝ち抜いているようにみえても

それは結果でしかない。

 

 

同じ行動をするにしても

スタート地点をどこにするかで

仕事の結果も

自分自身の人生も変わっていく。

 

 

 

モノのみかた、とらえかたをどうするかが

一番重要。

それは、できることなら幼いころから触れられる環境だといいですね。

もし、そうでなかったとしても

人間はいつでも変わることができるから

気づいたその時が一番のタイミング。

 

 

 

子どもの教育も

大人の教育も同じですね。

 

 

 

 

素晴らしい気づきを与えていただけた先週の岐阜出張。

幾重にもありがたい体験になりました。