「人との比較をしない」は、努力しないことじゃない

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昨日、滋賀県まで出張に行ってきました。

午後から打ち合わせがあり、なんと5時間ぶっ続け。

帰りはドタバタで東京に戻ってきました。

 

 

幼児教育機関との打ち合わせで

そこの教育方針の一つに

「こどもを他者と比較しない」という項目がありました。

そしてそれを徹底して実行されています。

一人ひとりの資質を大切にし

子ども達の発育、成長を後押しする環境を丁寧につくっていらっしゃいました。

 

 

素晴らしいなぁ、と尊敬の想いが湧き

共感して帰路につきました。

 

 

今回は、プロジェクト全体を統括している方がいて

その方と二人の出張。

帰路の新幹線でさまざまな話がでて楽しかったのですが

ひとつ気になることがでました。

 

 

「昼に食べた喫茶店、あそこはひどいお店だったね」

とその方。

確かに、店内は少し乱雑で

注文したカレーも、レンジの「チン!」という音がしてしまうような調理。

 

 

お世辞にもよいお店とは言い難かったのです。

結局、二人で出した結論(?)は

「競合他社がいないから、努力や向上意欲がないね」

ということに落ち着きました。

 

 

 

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今朝、そのことを思い出し、違和感を感じました。

 

 

「幼児教育で『他者と比較しない』が謳われて賛同を得られているのに、なぜ、仕事では競合他社がいた方がサービスが向上するのか? 結局、『人は比較されないと努力しない』ことになるのではないか???」

 

 

こんな疑問。

 

 

これについて考えました。

 

 

資本主義だとか、

競合に勝ち抜くためとか、

サービス・品質向上しないとお客さまに愛されないとか、

を考え方の出発点にすると

上記の幼児教育と矛盾を感じるんですね。

 

 

それを、

相手にたいする「おもてなしのこころ」や

「より喜んでもらえると、わたしも嬉しいから」

「相手の幸せそうな顔を見るのが、わたしも幸せだから」

「いいものを作るのが喜び」

とかに発想の起点をもってくると

なんら矛盾が起きない。

 

 

そのために

サービスの向上、品質の向上、

同業他社の研究などの努力をする。

 

 

その結果、お客さまが喜んでくださるから

お店が繁盛する、のですよね。

 

 

 

ああ、これですっきり!!

人と比較しない

唯一無二

を履き違えると、へんてこりんな解釈になるなぁ、と思います。

 

 

大切なわたしだからこそ

大切に仕事をし、

大切な人に届けたいからこそ

努力をする。

 

 

シンプルですよね。