「イナバウアー」から「記憶に残る」を考える

00065

 

 

トリノ冬季オリンピック

フィギアスケート金メダリスト・荒川静香さん。

好きなスケーターのひとりです。

 

 

荒川静香さんといえば「イナバウアー」が代名詞。

トリノオリンピックのあの瞬間

朝陽の昇るまえ、演技に見入っていたわたしは

イナバウアーの美しさに

まばたきできませんでした。

 

 

このイナバウアー、あの当時

技術点にはなんの反映要素もなかったそうです。

「点数を重ねる」ことを

効率的に達成させる演技構成にするならば

イナバウアーより他の演技を取り入れた方がいいと

最初のコーチに言われていたそうです。

 

 

彼女は頑なにそのアドバイスを断り

どうした経緯か五輪前にコーチを変えています。

 

 

そして、今でも多くの人の心と記憶に残る名演技が世に生まれました。

 

 

 

どうしても譲りたくなかったイナバウアー。

 

誰も追従することができないほど

独自の世界観を表現できる最大の武器

 

こんな風に彼女は思っていたのではないか。。。。

とわたしは想像しています。

 

 

とは言っても、金メダルを取るには

最終的に得点でトップに立たなくてはなりません。

そのために、最大限の努力をし

自分のやれることを地道にやり

こころをトリノにセットしてコントロールし

心身ともに良い状態にもっていく努力をしていたと思います。

 

 

それがあった上での、

「自分の伝えたいことを伝える」ことを

余すことなくやろうとしたのではないか、

と思っています。

 

 

DSC_3085

 

———————-

「伝える文章」も同じだと思います。

必要事項を書くことはもちろん外せず

効果的に、分かりやすく書くことも大切です。

何を求められているか

何が最大値か とかとか。

 

 

その機能を満たしたうえでもなお

「本当に何を伝えたいのか」

を語る。

 

 

どうしてこの文章を書こうと思ったのか

何にこころ動いたのか

何を大切に思っているのか

ほんとうは何を伝えたいのか

 

 

「リアルに自分の言葉で語る」

 

ここから逃げてしまっては

こころに、さらには記憶に残るものにはならない。

ここを外したら、単なる情報の一つにしかならない。

 

 

わたしの持論です。

ちょっと抽象的な説明になりました。。。

 

 

 

いろんな要素を考えて執筆していると

何を伝えたかったのかを忘れてしまいそうになること、あります。

そうした時、

「本当は何だったんだっけ??」と

自分に問いかけます。

 

 

そして仕切り直しします。

 

 

必要なこと

想いを語ること

違う場合もあります。

 

 

その両方をぜひ書いてみてください。

 

 

※この記事を書く際に、わたしの記憶に頼っていますので、若干事実と異なるかもしれないことをお断りしておきます。